6月15日の土曜日、SNSのグループチャットで、香港人の友人から1通のメッセージが届いた。
逃亡条例改正案とは、後ほど詳細は記載するが、中国政府が気に入らない人物を香港から中国へ連れて行くことさえ可能にしてしまう法案で、多くの香港人が「香港の自由が失われる」と反対を表明している。
遡ること1週間前、香港ではこの逃亡条例改正に反対するデモが1度行われ、参加者はなんと100万人という驚異的な数字を記録した。
そんな香港人の「自分たちの未来は自分たちの手で勝ち取る」という姿勢に、心を動かされたのは自分だけではなく、香港に住む多くの外国人達の心も打った様だった。
彼のメッセージに・・・
多くの友人達が参加を表明。
もちろん、自分も
参加を表明した。
決戦は6月16日の日曜日。午後2時半。
集合場所はビクトリア公園。
ドレスコードは「怒り」を表す黒。
今回は、この香港の未来をかけたデモの様子を詳しくレポートすると同時に、その背景をわかりやすく解説してみようと思う。 #安全には十分配慮しています
200万人のデモが起きるまで
香港では、6月9日から16日にかけて、中心部で大規模なデモが3回にわたって実施された。
200万人デモが行われたのは6月16日(日)で、3回目のデモに当たる。
まずは、200万人デモの様子を紹介する前に、その前の1週間を時系列で簡単に説明しよう。
6月9日(日)白を纏った100万人の香港の人々
200万人デモが行われるちょうど1週間前の6/9(日)、同じく逃亡条例改正案に反対するデモが香港の中心部で行われた。
うねる暑さの中、平和を象徴する「白」のシャツを纏った老若男女が、政府の議会がある道まで練り歩き、終わってみれば、参加者が100万人を超えるという香港史上最大のデモとなる。
香港の人口は約740万なので、7人に1人はデモに参加した計算だ。
だが、それに対して香港政府のトップ、行政長官であるキャリー・ラムは・・・
逃亡条例改正案の審議を継続する考えを表明したのだった。
6/12(水)デモ隊と警官隊の衝突
6/12(水)、逃亡条例改正案の審議を継続すると宣言した香港政府に対して、20代を中心とした若者らが抗議を起こす。
前回のデモとは違い、降りしきる雨の中、怒りを表す「黒」の服で身を包んだ香港の若者たちが警官隊と衝突。
双方に70人以上の負傷者が出るという大惨事になった。
香港では、今日もデモがあって、会社を休んで参加した20代〜30代の同僚がたくさんいた。
「自分達の未来は自分達が作る」っていう行動力は、国は違えど、同世代の自分にも少なからず影響を与えてくれている。
動画は香港中心部の中環(東京で言う丸の内の様な所)。#香港加油 #HongKongProtest pic.twitter.com/KNfrzFgUO9
— Johnny@世界のどっか (@ucango_anywhere) June 12, 2019
こうしたデモの高まりに加え、国際社会からの圧力も強まってきた中、香港政府のトップ、キャリー・ラムは逃亡条例改正案の審議を延期する方針を発表。
しかし・・・
当面の延期になるが、撤回はしないことを表明。これが香港に住む多くの人の怒りを買い、200万人のデモに発展することになる。
参加者200万人!香港のデモに参加してみた!
逃亡犯条例改正案の完全な撤回を求めて、6月16日の日曜日、3回目の大規模デモが開催される。
各種SNSで拡散されるデモの詳細。
ドレスコードは怒りを象徴する黒。
集合場所は、銅鑼湾という若者が集う街にあるビクトリア公園(Victoria Park)。
そこから、3km離れた立法議会のある金鐘(英名:アドミラリティ)まで練り歩く。
自分たちは香港中心部から、離れた場所で待ち合わせをし、デモに参加することにした。
驚いたのは、家の外を一歩出ると黒色の服を着た人達ばかり。
中心街から離れた駅ですら、電車を待つのは黒色の服を着た人々だ。
電車内は休日の昼過ぎにも関わらず、黒色の服を着た人々で満員となる。
香港中心街の駅(中環駅)に着くと、入場規制がかかる程の人の山。
デモの行進は深夜まで続き、参加者は主催者発表で200万人。
これは、2003年の政府批判を弾圧する目的の国家安全条例に対する反対デモの約50万人を大きく上回り、過去最大規模。
香港の人口740万のうち約30%の人が参加したことになる。
この膨れ上がった香港の人々の声を無視できず、デモから2日後の6/18(火)、行政長官のキャリー・ラムは会見を開き、公式に謝罪。
逃亡条例改正案については「撤回」や「廃案」という表現は避けたものの、現時点で限りなく廃案に近い状態であると言えるだろう。
正直、自分の中には、デモをしても逃亡条例改正案は覆らないだろうという、どこか冷めた目があった。
しかし、自分たちの未来のために声を挙げた香港の人々が勝ち取った勝利は、同じ境遇の台湾を始め、世界中の人に勇気を与えた。
今回のデモは、世界史の中に残る出来事であり、その現場を自分の目で見れたことは幸運だったと思う。
デモ中に起こった心温まるエピソード
6/12(水)にデモ隊と警察の大きな衝突があったものの、今回(6/16)のデモは目立った争いはなく終わった。
200万という前代未聞の参加人数にも関わらず、非常に秩序だったデモだったと言える。
そんな今回のデモで、海外からも賞賛されたエピソードがあるのでいくつか紹介しよう。
デモの後でもゴミ拾い。香港人の粋なマナー
よく日本では、スタジアムのゴミ拾いをした日本人を取り上げて「日本人は素晴らしい!世界中が賞賛!」といった記事を見かける。
もちろん、これは素晴らしいことなのだが、何もゴミ拾いをして海外から賞賛されているのは「日本人だけ」ではない。
香港の人々もデモ中のゴミを理路整然と並べ、デモの後はきちんと清掃して帰っている。
A small crowd is back outside the Hong Kong government offices…to clean up the rubbish. To sort out recyclables and unused materials, and clean up the rubbish. Incredible. pic.twitter.com/uPRcs0SLJ5
— Mary Hui (@maryhui) June 13, 2019
何か日本人と共通したものを感じることが出来る写真だ。
まさにモーゼの十戒!救急車に道を譲る人々
道路を占領するデモ隊の後ろに救急車が現れ、彼らが整然と道を空ける動画が話題となっている。
その様子はTwitterなどで多く拡散され「モーゼの十戒」のようだと形容された。
Protesters give way to an ambulance as hundreds of thousands of people march on Sunday to demand withdrawal of China extradition bill. (Mok Yan Chun/EYEPRESS) #hkprotest #ChinaExtradition pic.twitter.com/dseXA5fCsJ
— EYEPRESS NEWS (@eyepressnews) June 16, 2019
デモに紛れ込んだ中国人にも・・・
これは実際に自分が見た光景だが、このデモの日に何も知らずに香港に観光に来てしまった中国人観光客がいた。
デモで多くの人がアンチチャイナを叫ぶ中で、状況が呑み込めず不安そうな顔をしている中国人観光客。
巨人のユニフォームを着て、阪神の応援席に迷いこんだ心境だろう。
しかし、そんな中国人観光客にも香港の人々は、親切に道案内をし、デモに近づかない様に注意を促していた。
政治と個々の人間関係は分けて考える。そんな香港人の姿勢を見たエピソードだった。
デモのきっかけとなった逃亡条例改正案とは何か?
今回のデモのきっかけとなった「逃亡条例改正案」。
この「逃亡条例改正案」とは一体なんなのか?
この法案が通ると一体香港でどんなことが起こるのか?
次から、その「逃亡条例改正案」についてわかりやすく説明していく。
逃亡条例改正案とは何か?
まずは逃亡条例改正案の前に、「逃亡条例」とは何かを見て行こう。
よくわからないと思うので、噛み砕いて説明する。
例えば、ある香港人Aがアメリカで犯罪を起こして、そのまま香港へ戻ったとする。
香港とアメリカは逃亡条例の協定を結んでいるので・・・
協定上、この様なことが可能だ。
しかし、現在のところ、香港は中国との間に、この逃亡条例の協定を結んでいないので、容疑者の身柄を引き渡すことができない。
そのため、この協定を中国との間にも結ぼうというのが「逃亡条例改正案」になるのだ。
逃亡条例が改正されるとどのようなことが起きるか?
条例改正により、中国も引き渡し対象とするとどのようなことが起きるのだろうか?
例えば、2018年にカナダが「米国のイランへの制裁に違反した」として、中国の通信機器大手・ファーウェイの創業者の娘で、副会長である孟晩舟(メン・ワンツォウ)をバンクーバーで逮捕した。
その報復として、中国政府は「国家の秘密と情報を探った疑い」として、中国国内のカナダ人を逮捕。
そして、もし香港の逃亡条例が改正され、中国との間に協定が結ばれると・・・
「国家の秘密と情報を探った疑い」などと言いががりをつけて、中国政府が気に入らない人物を香港から犯罪者として連れてくることが可能になってしまう。
中国政府に都合の悪い活動家やジャーナリスト、ビジネス上の紛争を抱える企業関係者も引き渡しの対象になることもあり得るだろう。
そのため、多くの香港の人々が「香港の自由や自治が失われる」として抗議しているのだ
デモに対する各国の反応
今回のこの一連のデモに対して、海外ではどの様な反応があったのだろうか?
各国の反応をまとめてみた。
この様に香港のデモは世界各地で大きく報じられ、国際社会からの圧力高まる中、中国国内ではほとんど伝えられていない。
インターネットやSNS上でも、香港のデモに関する話題は検索できない状態が続いている。
自分の北京に住む友人も香港のデモを心配して連絡をくれたが、中国国内での扱いは非常に小さく、台湾やアメリカのニュースを見て知ったという。
そのくらい中国政府は、香港のデモをひた隠しにしようとしているのだ。
なぜ香港政府は、強引に法案を通そうとしたのか?
香港人口の約3人に1人がデモに参加し、各国からも非難を浴びる香港政府。
しかし、なぜ香港政府は強引にも、中国に有利なこの法案を通そうとしたのだろうか?
複数のメディアは「中国政府の指示によって、香港政府はこの改正案を通そうとしている」と言及しているところもあるが、その真偽はさておき、香港政府の政策は中国寄りであることは否定できない。
その理由は、香港政府のトップである行政長官を決める選挙方法が中国政府寄りの人物しか選ばれない方式を取っているからだ。
香港のトップ・行政長官を決める選挙は、1200人の委員で構成される選挙委員会が選出する。まず選挙委員を選び、その選ばれた選挙委員よる投票で行政長官を決めるという方式だ。
その選挙委員は、一般市民の直接選挙権ではなく、各種議会、産業界、社会団体などの代表者、中国の政治やビジネスに直接関わる人達で構成されている。
事実上、中国政府の意向に沿わない人間は出馬はできない仕組みとなっているのだ。
この候補者を選挙委員ではなく、市民で選ぶように要求したのが2014年に起こった雨傘運動と呼ばれるデモだ。
※警察の催涙スプレーに、民主派のデモ隊が雨傘を開いて対抗したことから、「雨傘革命」と呼ばれるようになった。
この雨傘運動のリーダーだった1人が、当時まだ10代の大学生だった周庭(アグネス・チョウ)。
日本のテレビやアニメ、アイドル(特に乃木坂48)が好きで、独学で日本語も習得。日本のメディアにも度々登場するので、知っている人も多いだろう。
だが、彼女たちの努力も届かず、未だに香港の選挙は、中国政府の意向に沿う人間が選ばれる仕組みのままとなっている。
これからの香港はどうなる?
200万人のデモの努力が実り、当分の間は逃亡条例が改正される見込みはなくなった香港。
しかし、中国の「香港の中国化」の圧力は年々高まっており、予断を許さない状況だ。
中国政府からの締め付けが強まり、「香港の中国化」が進めば、香港の世界の金融センターとしての地位も低下するだろう。
アメリカも高度な自治があるとして、香港を経済的に特別扱いしてきた。
中国との間で起こっている貿易戦争においても、香港は対中国の制裁関税の適用外としてきたが、「香港の中国化」が進めば・・・
という可能性も否定できない。
そして、日本への影響も避けられないだろう。
香港は、日本の農林水産物の最大輸出先だ。香港に進出している日系企業数は1393社にも上る。
また18年の香港から日本への旅行者数は220万人で、これは香港人の30%が毎年日本へ訪れていることになる。
日本の輸出産業やインバウンド観光にも大きな影響を及ぼす可能性があるのだ。
世界中の人々に声を上げることを教えてくれた今回の香港のデモ。だが香港の自由への戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
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